大学受験勉強法コラム
さて、高校時代、部活に精を出す方も多いと思います。ご両親からは、「勉強しないで部活ばっかりやって!」と白い目で見られる人も、少なくないと思います。
では、高校の部活は無駄なのか?
僕の経験では、必ずしもそうではありません。特に、体育系の部活は、体力をつけることにもなるし、イメージ・トレーニングは大学受験に威力を発揮します。また、先輩、後輩という異なった年齢の人と触れ合うことで、人間関係の勉強もできますし。
また、目標に向かって励む、というのは、受験勉強の目標を立てる練習にもなります。まあ、程度問題ですが、僕はだから部活を否定しません。
かえって、受験だといって部活をやめる人に限って、燃え尽きたようになることもあります。
まあ、高校時代というのは肉体面でも精神面でも難しい時期ですし、僕もある意味では二度と繰り返したくない。でも、高校時代の友人というのは、利害なしで付き合えるということはありますよ。
受験は最後は体力と集中力です。部活をやるだけやって、もう思い残すことはない、という人は、結構浪人してから伸びる人が多いです。
とはいえ、これは僕の意見ですから、鵜呑みにしないでくださいね。勉強しなければ大学に合格できませんから。
さて、僕が、大学受験のための受験勉強で、あえて試行錯誤しろというのか、その理由を説明したいと思います。
あなたは正直、時間が限られているのだから、すぐ答えを見て、丸暗記したほうが早いんじゃないか、と思っているのではありませんか?
一見、そのほうが早そうですよね。でも、僕が試行錯誤しろというのには理由があるんです。
脳を活かす勉強法という本の最初のほうに、試行錯誤と脳内物質「ドーパミン」の関係が書かれています。
解けない問題が解けたとき、「やったー!」とすごく嬉しくなりますよね。このとき、脳内にドーパミンが分泌されるそうです。「ドーパミン」とは、脳内の神経伝達物質で、これが分泌されると快感を感じるそうです。そして、このドーパミンの快感を2回、3回と感じられるように、神経回路がつなぎ変わる。それが「学習」だそうです。
特に、試行錯誤を繰り返して神経回路が強固につなぎ変わると、ドーパミンの分泌量も以前にもまして増えます。脳は、もっともっとドーパミンを出してほしいから、神経回路も更につなぎ変わり、自分の頭で考えて学習をすることが快感に変わります。
つまり、ドーパミンのおかげで勉強がクセになるんです。誰だって快感を感じたいですからね。
もっと言ってしまうと、これは勉強のことだけではないです。例えば、体育で逆上がりをしようとします。最初は出来ないから苦しいです。でも、練習を繰り返して出来たときは、すごく嬉しいですよね?これも、「逆上がりが快感」ということを脳が学習することです。
このように、すぐに出来てしまうことではドーパミンはあまり分泌されません。試行錯誤することで、より多くのドーパミンが分泌されるんです。
このことは、勉強や運動に限りません。将来就職したときに、難しい仕事が解決できたときは、それはそれは嬉しいです。こういう快感、「達成感」や「成功体験」を学生のうちに味わっておき、将来仕事をする段階になって「達成感」を思い出せるように、勉強というのはあるのだ、と斎藤孝先生もおっしゃっています。
就職すると、なかなか勉強時間を取れませんよ。勉強するなら今のうち。学生の間に広い意味でどれだけ勉強したか、また、社会人になってから、1日30分でもいいから自分で広い意味での勉強をしたかで、自分の境遇も変わってきます。
何も、一流大学に入るだけが勉強の目標ではありません。自分の人生をどれだけ充実したものに出来るか、それが広い意味での勉強をする価値だと、僕は思います。
さて、なぜ高校で数学、特に微積分をやらなければいけないのか、また、なぜ物理をやらなければならないのか、僕なりの答えをお知らせしようと思います。
実は、数学、特に微積分はニュートン力学と切っても切れない関係にあるのです。
高校では、微積分とニュートン力学の関係について、適当に済ませてお茶を濁していますが、大学に入ると、物理、特に力学で微積分を思いっきり使います。
そもそも、19世紀までは数学と物理学とは切っても切れない関係にありました。
19世紀に、蒸気機関の発達で、ある瞬間の蒸気機関の速度、加速度などが解らなければならなくなった。そのある瞬間の速度、加速度は、実は微分なんです。
蒸気機関車が動いた距離を、ある時間で割れば速度になり、速度を時間で割れば加速度になりますが、このある時間を極限まで小さくしていけば、それはその瞬間の速度=ある瞬間を動いた距離の微分になります。
同様に、ある瞬間の加速度=ある瞬間の速度の微分になります。
逆に、速度=ある瞬間の加速度の積分、移動距離=ある瞬間の速度の積分になります。
この辺は、微分の逆が積分、という定義があるので、ちょっと解りづらいけど、簡単に言うとそういうことです。
このことは、現時点ではそれほど解らなくても構いません。
ともかく、微積分や力学は、時代の要請にしたがって生まれた考え方で、これは切っても切り離せない。学問は時代が作るんです。
ちなみに、x軸、y軸という座標の考え方は、哲学者のデカルトが考え出したものです。
このことから解るように、数学と物理と哲学は切っても切れない関係にあった。ギリシャ時代以来の伝統です。
また、文系のあなたが数学が要らないか、というと、必ずしもそうとはいえない。特に経済学では、マクロ経済学、ミクロ経済学で、やはり微積分を使います。
今苦しんでいることが、大学での勉強の基礎になるのです。だから、受験勉強は無駄にならない。たとえ無駄かも、と思っても、実は勉強すること自体が楽しい、ということがやってみるとだんだん解ってきます。
面白いからいいじゃないか、という切り口も、受験勉強の目的になっていいと思います。
さて、大学入試の本番が迫ってきましたね。特に難関大学を目指す方は気が気じゃないでしょう。
でも、センター試験の自己採点結果から、進路指導の先生に「ここの大学は無理じゃないか」といわれるようなことがあっても、現役の場合、僕は安易に妥協すべきじゃないと思っています。
もちろん、決めるのは僕ではなく、あなた自身ですから、僕には無責任なことは言えないのですが、特に高校時代、運動部などで体力のある人たちは、予備校へ行って成績の伸びる可能性がある、という一面があります。孤独な受験勉強を乗り切るために必要なのは、最後は気力と体力です。
運動部にいた人は、確かに高校時代勉強できなかったかもしれません。でも、それも終わり、悔いが残らなければ、受験勉強に前向きになれると思いますよ。大手予備校へ行けば、非常に優れた講師陣のいるところが多いです。そういうところで高校時代の穴を埋められれば、飛躍的に伸びる可能性があります。イメージトレーニングなどの訓練は受けているはずですし、その応用で志望大学に合格することをイメージすればいいわけです。
駿台なんか、物理の授業で微分、積分を使いますから。
何か、一浪の勧めみたいになってしまいましたが、部活動をこなしてきた人は、比較的浪人したときに成績の伸びが大きいようです。もちろん、自分が勉強する、ということが大前提ですが。
話を戻して、私大受験、国公立2次試験直前の皆さんは、現役なら妥協しない、という選択肢がある、という話です。
自らの退路を断つ、という選択をすれば、頑張って勉強するしかないわけです。自分でハードルを高くすれば、それを乗り越えざるを得ないわけです。これからの限られた時間、ぎりぎりまで頑張って、志望校に合格できれば嬉しいし、もし不合格でも自分の選択だから悔いが残らないでしょう?
安易に妥協して、自分はこの程度の人間なんだ、なんて若くして考えてしまうような、そんな人間には、なってほしくないわけですよ、僕は。
もちろん、家庭の事情はあると思います。大学受験だけで、人生が決まるわけでもありません。でも、自分はここまで頑張ったんだ、という思いは、その後の人生にいい影響を与えると思いますよ。
こんにちは!大学受験逆転勉強法のTAKENAKAです。いつもコメント、トラバありがとうございます。
今日は、大学受験は何でするか、その意義を考えたいと思います。ちょっと長いですが、考えさせられます。
「大学受験ってなんでするの?」
「なんで勉強をするの?」
の答えとして
「大学に行かないと将来困るだろう。ろくな就職先につけないよ」
「勉強をすると、論理的思考力がつくからだ」
なんて答える人が多いです。
親だったら、「あんたそんなこと言っていないで、勉強しな。そんな悩むのは大学に入学してからでいいんじゃない」という人もいます。
でも、そんな答えでは納得できない。勉強なんて面倒なもの、はっきりいえば勉強なんかしたくない。
僕は、塾の講師なんかしているけど、学生時代は本当に頭が悪かった。僕も、多くの人と同じように学校の先生には「勉強をしないと困ったことになるぞ」なんて言われてた。
僕は、学校の先生に「知恵遅れ」なんていわれたこともあったし、先生に理不尽に怒られたり、どつかれたりもしたことが何度もある。そんな先生たちのことに反抗するなんてことはなかったけど、そういった人たちのことはカッコ悪いと心底思っていた。
学校の先生は、学生時代学校の勉強ができていたはず。もちろんそうでないという意見もあるかもしれないが、少なくとも僕の学生時代のころよりは勉強ができていたと思う。
そんな勉強のできるはずの学校の先生が、僕から見てぜんぜんカッコ良くなかった。だから僕は、勉強をしないとロクな人生を歩めないという意見には賛同できない。
幸いにも僕の周りには学生時代学校の勉強ができないのにもかかわらずカッコ良い人生を歩んでいる人がいた。だから僕は、学校の勉強なんてできようができまいが、その後の人生に大きく影響をするようなことはない、そう思っていたし、塾の講師をしている今でもそう思っている。
大学受験なんてしたいものがすればいいだけ、したくないものは大学受験なんてしないほうがいい。
勉強なんてやる必要はない。大学に行こうがいかまいが将来そんなに変わってこない。
僕が今、塾で教えている理由は、大学合格のためなんかではない、そんなことはどうでもいい。僕が、教えたいのは、「がんばれば努力すれば上にいけますよ」ということを伝えていきたい。
僕は、あるときを境に勉強を始めた、やっぱり頭が悪かった、自分の能力のなさがイヤになったりもした、それでもがんばっていると上に行くことができた。
そのとき感じたことは、人間上に行こうと思えば上にいける。そのことを知ってから僕の人生は一変した。今の自分の現状なんて関係ない、努力しだいでいくらでも上にいける。
一生懸命がんばってみる、それは別に部活でも趣味でも人間関係でも何でもいい、いったん本気でがんばってみる。そうしたら自分が成長したということを本気で実感できるはず。
成長なんて、そんな言葉はウゼーなんて思う人も多いと思う。でも、自分が成長できるということを知ると、自分自身が本当に自由になれる。どんなことでも勉強しだいで上にいけるということを知ると、自分の好きな道を好きなように歩んでいける。だからこんなに楽しいことはない。
自分が成長できるということを知ることは、自分が好きなように歩いていっていいということを実感できることと同じです。
--ここまで--
kawaさんのブログ、http://hmg7.livedoor.biz/archives/50622144.htmlより引用させていただきました。kawaさん、ありがとう。
学校での勉強って、社会に出る前の予行演習みたいなもので、kawaさんのおっしゃっているように、「人間上に行こうと思えば行ける」、つまり自分を向上させる、っていうことは、一旦覚えてしまうと快感なんですね。
だから、本当に何でもいい、自分が一生懸命頑張れることをやってみることに価値があるんですよ。それが大学受験の受験勉強の意味なんじゃないかな。
こんにちは!大学受験逆転勉強法のTAKENAKAです。いつもコメント、トラバありがとうございます。
さて、京大の実際の状況について書かせていただこうと思います。京大は、「自由の修羅場」と呼ばれています。
講義に出ようが出まいが、異性と付き合おうが、学生運動をしようが、サークル活動に狂おうが、バイトしようが、宗教の勧誘をしようが、法律に触れない限り、何をしてもいい、といっていいぐらい自由です。
京大の校風として、よく言えば「自由」、悪く言えば「放任」。
ということは、価値観が固定していない学生にとっては、アイデンティティーを喪失してもおかしくないくらい修羅場です。裏返してみればね。
実際、ノイローゼなどになる学生は多いし、公表されませんが全国で一番自殺者の多いのが京大です。「何で生きているのか分からない」などといって死んでしまうのです。
とはいえ、東京と違って遊ぶところも少なく、学問に励むには最適な環境なのが京大であることも、また事実です。
実際、京大生の成績は、正しく正規分布を書きます。すごく出来の良いのもいれば、すごく悪い奴もいる。そういう状況の中で、成績が悪かった奴が社会に出て大成功していたりする。ちょうど、僕の友人が転職するたびにキャリアアップして行ってますよ。
自由は責任が伴う。京大志望の人は、このことを肝に銘じておいて下さい。
こんにちは!大学受験逆転勉強法のTAKENAKAです。いつもコメント、トラバありがとうございます。
ずいぶん更新が途絶えて申し訳ありません。それでも、訪問してくださる方はいらっしゃいました。そういう方には、更新が送れて申し訳ありません、と言うしかありません。 本当にありがとう。感謝いたします。
さて、今回の「勉強を楽しむ」というタイトルは、ちょっとおかしいんじゃないか、と思う方もいらっしゃると思います。「勉強なんかくそ面白くない」と考えている方が大半だからだろうと思うからです。でも、実は勉強を楽しむ方法はあるんです。
勉強を始める前に、ストップウォッチでも目覚まし時計でもいいから、時間を知らせるような体勢を作ります。そして、はじめるときにストップウォッチや目覚まし時計で、何分何秒で問題が解けるか、実際に計るんです。それを紙に記録します。特に、机の前にはれる模造紙なんかだったら理想的です。受験勉強は、休む日も入れて毎日やることが効果的だから、毎日、今日は問題が解けたのが何分何秒か、紙に書いていくんです。
実力テスト的に1週間ごとにやってもいいですが、このように勉強していくと、問題を解くのにかかる時間がだんだん短くなってきて、勉強が楽しくなってきます。
つまり、大学受験の勉強をゲームにすればいいんです。
ね、コロンブスの卵でしょう?
こうやって大学受験をゲームにしてしまえば、皆さんが徐々に経験値を上げていって「大学」というボスを倒す、ということがいえると思います。何事も、考え方次第で楽になる場合もあるんですよ。
しばらく更新が滞り、申し訳ありませんでした。とはいえ、またノウハウ垂れ流しでいきたいと思います。皆さんと共に成長するブログです。応援よろしくお願いします。
さて、のっけから挑戦的なタイトルになってしまいました。でも、これは、僕の経験から、事実だと思いますよ。
特に社会なんかそうなんですが、世界史、日本史は近・現代史、倫理は教科の性質上、難しくしようがない、政治・経済は、いくらでも難しく出来るけど、前年度に出なかった重要事項が出題される可能性が大きいです。実際、僕は政治・経済で試験当日読んだところが出題されました。
と言っても、過去問をいくらやっても、新しく出題される新傾向の問題はあるわけです。そういうことに対しては、最初に簡単にできる典型問題をやり、その後やってみる、それでも解らなければ、一番長い文章で説明されている選択肢を選び、マークしてみる、というのも一方法です。
ともかくいえることは、この時期に、まだ志望校をあきらめるのは早い、センター試験の過去問をやれ、と僕は主張します。
さて、大学受験はエリートだけのためにあるのでしょうか?あなたはどう考えますか?
実は、大学受験は敗者復活戦なんです。そして、文部科学省の役人が考えることも、大学受験を高校生全体の実力の底上げと捉えています。
なぜか。もっと単純に考えて見ましょう。中学、高校では中間、期末試験がありますね。このとき、皆さん勉強しますね。試験がなかったら勉強しないんです。
人間、期限を切られていつまでにこれだけのことをしろ、と命じられると、自分では無理かも、と思っても、実はそれだけのものを乗り越えるだけの実力を持っているものなんです。だから、学校では、試験とか、企業では納期とか、そういったものがあるんです。
ところで、80点取れる奴が90点取るのと、60点しか取れない奴が80点取るのでは、60点取る奴が80点取るほうが簡単なんです。普段勉強していないから、ちょっと勉強するとそれだけ取れてしまう。
偏差値って、実は統計上の値に過ぎないから、そんなものに振り回される必要は、実はないんです。平均点からどれだけずれているか、ってそれだけですから。だから、模擬試験を受ける人間のレベルによって偏差値ってコロコロ変わるし、あまり信仰する必要はないんです。
話を戻しましょう。人間って10代後半から20代前半に取り入れたものが、広い意味でずいぶん人生に影響するんです。勉強だけじゃなくてね。で、なぜ大学受験をするかというと、努力した人間が報われる機会を増やす、ということです。幸いなことに、大学受験には正解があります。そこを通り過ぎた者から見ると、勉強すればいいんです。努力すればいいんです。血のにじむような努力かもしれませんが、やるかやらないか、それだけです。
そして、たとえ三流といわれる学校に通っていた生徒でも、難関大学に入る門戸を開放する、それが大学受験です。つまり、何度も言いますが、敗者復活戦なんです。全体の底上げです。人間には、知識や知恵を詰め込まなくちゃいけない時期があるんです。それが高校受験であり、大学受験です。
だから、大学受験は再チャレンジのチャンスです。決してエリート養成のためにあるのではありません。だから、今、努力してください。皆さんの成功を祈ります。
前の記事と矛盾しますが、まずは薄い参考書・問題集を3回繰り返してください。
一度目は分からなくても、二度目、三度目になるにつれて速く読めるようになり、自分でも理解できることが嬉しくなってくるからです。
例えば、前に紹介した、1対1シリーズや、頻出英文法・語法問題1000のような、質のいい参考書・問題集を3回繰り返すと、自分でもびっくりするぐらい実力がつきます。
そして、勉強することが楽しくなってきます。楽しくなってきたらこっちのもの。分厚い参考書に挑戦するのもアリだと思います。
ただ、最初は辛いです。分からないから。でも、出来たところはチェックを入れておき、出来ない問題を二度三度と繰り返したり、チェックを入れたところも再度やり直したりすれば、確実に実力がつきます。
この方法は、分からないからといって次々に参考書や問題集をとっかえひっかえ手を出すことに比べれば、はるかに効果的です。
皆さん、ぜひ、この方法で大学受験を乗り切ってください。そうして成功した先輩たちは、いっぱいいますから。
さて、大抵の参考書って分厚いですよね。見ているだけで気が遠くなる。これ全部やらなきゃいけないのかよって。でも、全部やる必要はないんですよ。自分の分からないところだけやれば。
具体的に言うと、世界史なんか、参考書は分厚いです。でも、実際に試験に出るのは、近・現代史です。北京原人なんて間違っても出ません。
そういうところは、大学受験の過去問を読めば、たちどころに分かることです。
だから、世界史なんて近・現代史から憶えればいいんです。
過去問を早めに手に入れて、傾向をつかみ、要領よく大学受験に合格しましょう!
皆さんの成功を祈ります。
さて、今まで、僕の大学受験勉強のノウハウを簡単に書いてきましたが、これは、実際に大学に合格できた、僕の体験のエッセンスです。ですから、それをつかむまでは試行錯誤を繰り返しました。試行錯誤の結果、うまくいったものを書いているわけで、実際に大学受験勉強という形で実践していただかないことには、見えてこないものが多いと思います。
実際、僕も勉強嫌いから勉強好きになるまで、試行錯誤を繰り返しました。あっちの参考書、こっちの問題集と、良さそうなものはいろいろ試しました。つまり、大学受験勉強には、試行錯誤が付き物なんです。実際、人によって勉強の実力は違うものですし、得意科目の参考書のレベルと苦手科目の参考書のレベルが違って当たり前なんです。
ただ、言えることは、志望大学の過去問にあらかじめ目を通すことで、どの程度の実力が必要か、どの程度勉強すればいいのか見えてくる、ということです。僕は三流校の出身ですから、その辺の受験ノウハウを身につけるのに非常に苦労しました。いろいろ試しましたよ。京大に合格した先輩もいなかったですし。
実際、世の中、コツコツとやらないとみえてこないものがいっぱいあります。結局、努力した人にはかなわないんです。逆に言えば、努力すれば、自分の実力はいくらでも変わる、ということです。エジソンは、「天才は1%のひらめきと99%の汗だ」と言っていますが、そのぐらい努力って大切なんです。
で、ここで大学受験勉強の意味づけをすると、「勉強の仕方を覚える」ということ、「コツコツやってきたことが、実を結んだときの達成感を覚える」という2点が言えると思います。つまり、今やっていることは、決して無駄にならない、逆に、司法試験や情報処理試験など、資格試験を受けるときに、勉強の仕方を分かっている人は、分からない人より短時間で、要領よく合格できる、ということです。
大学受験や資格試験で全ての人生が決まるわけではありませんが、これからは「自己責任」の時代です。キャリアアップのために資格試験の勉強は必要ですし、実際に給料に響きます。ですから、大学受験生の皆さん、「つまらないよ」などと言わず、コツコツ勉強する習慣をつけてください。また、レベルアップのためなら、試行錯誤も辞さないでください。
皆さんの成功を祈ります。
さて、夏休みですね。受験生の皆さんは、ここで頑張って、志望大学に合格しようと意欲に燃えていると思います。夏期講習の申し込みも済ませていると思います。そこで、夏期講習、冬期講習などでの注意事項を、述べておきたいと思います。
それは、講習に参加する前に、必ずテキストの予習をする、ということです。
僕は、勉強のできない中学生からはじめましたから、この「予習」の必要性は嫌というほど味わいました。中学のとき、確かに予備校に行って授業を受けましたが、予習をせず、漫然と受けていたので、成績はほとんど上がりませんでした。
なぜか。普段の授業より実践的な入試問題などを、講習でいきなりやるわけですから、予習せず、漫然と受けていれば、講習でやっている内容が解るわけがありません。
実際、予習して講習に臨んだ高校生時代は、得るものが沢山ありました。受けた授業をその日のうちにざっと復習する。こういうことだけでも、確かに違います。
講習の予習をする、講師の先生の板書を要領よくとる、この2点をクリアするだけでも、講習で得るものはすごく違います。
さて、すごく簡単なことなんだけど、ほとんどの人がやっていない大学受験勉強法について書きます。
もし、暗記したければ、声に出して読む。これだけです。
たいていの人が、教科書や参考書を黙読していると思います。でも、それでは視覚に訴えるだけで、脳に入る刺激が足りません。もし、特に英語など、暗記したければ声に出して読む。英単語などの場合、更に鉛筆で筆記しながら声を出すと、視覚、聴覚、触覚に訴えて、大脳にそれだけ刺激が行き、暗記しやすくなります。
嘘だと思うなら、実行してみてください。本当に頭に入るから。
大学で下宿していたとき、隣の部屋の同級生が、いつも教科書を音読していました。
「うるさいなあ」と思っていたけど、彼の成績は、いつも僕より上でした。
特に文系の科目の場合、音読、というのは大切ですよ。ぜひ実行してみてください。
さて、皆さんは、大学受験勉強をしていて、勉強が解らないとき、どうしていますか?
「こんなことが解らない、と質問するのは恥ずかしい・・・」と一人で悩んでいませんか?
こういうときは、高校生なら教師や自分より成績のいい友達、予備校生なら講師の先生やチューターなどに質問しましょう!
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」です。解らないまま通り過ぎれば、苦しむのは自分でしょ? それに、教師なんて生徒に質問されることはあまりないはずだから、喜んで教えてくださいますよ。
また、成績のいい奴で人間ができていたら、喜んで教えてくれるんだよ。それでも渋ったり、馬鹿扱いするような奴は、器が小さい、と思えばいい。そういう奴は社会へ出て成功できない。成績のいい奴は、質問に対して自分が答えることが、自分の勉強にもなることを理解しているはずだよ。
ただ、質問の内容は、自分でもよく考えること。そして要点を整理すること。
「質問の要点を整理する」事は、自分の解らないことも明確になるし、質問を受けるほうも、深いところで自分の解ること解らないことが明確になって自分の勉強になるんだよ。
この経験は、社会に出たとき役立つよ。たとえトンチンカンな質問をしてもいい、それをメモに書き、二度と繰り返さなければ、立派な社会人になれるよ。
でも、くじけちゃいけない。実は、大学の数学は、最初、定義で脅かすんです。高校の数学とは違うんだぞ、と。このことは、専門課程に行った後に、たまたま取った数学の講義で、教授がおっしゃっていたので確かです。
実際、数学って、厳密性を追求したら定義が一番難しい。だから、その辺のところは、一旦解らないならわからないまま飛ばして次のページを読んでいく。そのようにすると、ある日突然解るようになります。「ユリイカ!(解った!)」といって風呂から飛び出したアルキメデスの気持ちがよく解ります。
大学受験の勉強で、分からないことが多くて困っている皆さんにも、これと同じことが言えます。例えば、「因数分解がわからない」とします。解らないときは、教科書を読んだ後、寝る前に復習して寝てしまいましょう。寝ている間に潜在意識が計算してくれますから、起きたときに「解った!」となることも多いです。
解らなくなったら、解らないことを脳や潜在意識に任せて、朝になるまで待ちましょう。その日解らなくても、気にせず教科書を先に進み、戻ってみて「解った!」と感激することも少なくないです。そのためには、理解するための情報を、脳にインプットすること。
このことも、大学受験のための要領の一つです。

